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私立最難関の早稲田でこのレベルか…「推薦と総合型選抜」が激増した大学で行われている"無意味な講義"

9/2(火) 17:16配信

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mizoula

今、大学ではどんな教育が行われているのか。43歳で早稲田大学教育学部に入学し直した予備校講師の伊藤賀一さんは「一般選抜の割合が減ったことで、教員と学生の間で想定する前提知識のレベルにミスマッチが起きている。そのせいで無意味なグループワークが多発しているのが実情だ」という――。

 

 ※本稿は、伊藤賀一『もっと学びたい!と大人になって思ったら』(ちくまプリマー新書)の一部を再編集したものです。

 

■社会人入学してわかった大学教育の問題点

 

 大学に再入学してわかったこと。これは即答できます。第一に、とくに1・2年時の一般教養課程や教職課程で、何人かを適当に組ませて行われている対話型主体的学習の空虚さです。近ごろは、中等教育段階でもやたらに流行っていますが、ぼくは大学での経験から各所で「前提知識のないグループワークなど人生の無駄遣い」と公言しています。

 

 そもそも一方通行型の講義なら1分もあれば論理立てて教えられる結論を、だらだらと1時間話し合って、妙なところに着地させるくらいなら、遊んでいたほうがマシです。

 

 また、グループ内に中高一貫校などで場慣れした「デキる」学生がいることもあり、グループの他学生からはありがたがられるかもしれませんが、その人がドヤ顔で語る意見を聞いて、それを丸パクリでコメントペーパーに書いて終わり、というのはいかがなものかと思います。グループワークが個人の意見拝聴会に終始してしまってはあまりに意味がないでしょう。

■前提知識がないゆえに議論がまったく進まない

 

 ぼくが体験した最もひどい例をぼかしながら出してみましょう。日本のプロ野球(日本野球機構〔NPB〕)にセ・リーグとパ・リーグがあることすらほとんどの学生が知らない状態で、プロ野球だけでなく、サッカーのJリーグ、バスケットボールのBリーグを含めたボールスポーツを活用した地方創生を論じるグループワークが始まる。

 

 そうするとどうなるかというと、セ・パの存在すら知りませんから何をとっかかりにすればいいのかわからず、「大谷くんすごいよね」「ウチの県で甲子園強いのは」とメジャーリーグと甲子園の話題で盛り上がり、そのうち球技どころかマイナー部活の変な顧問の話になり、運動部出身者と文化部出身者が険悪になってタイムアップ。と、こうなります。

 

 そして、最終的に東京で生まれ育った1人が代表で当てられて「そもそも地方創生なんてしないほうがいいと思う」とちゃぶ台返しを行い、先生も「みんなどう思う?」だって。なんじゃそれは。せめて先生あなたの意見も聞いてから考えたい。そのまま全員が沈黙して、授業終了時間に……。これでは何のために頭脳と時間とお金を遣い早稲田に入ったのかわかりません。

 

■「行きたい学部」に入ったわけではない学生たち

 

 この件に関しては、大きく2つの問題があります。

 

 1つ目が、主題(テーマ)に対し意欲の低い学生が多いことです。これは、大学が就職予備校化している、ということが背景にありますが、学生が必ずしも第一志望の学部・学科に入学しているわけではないからこそ起きる現象です。

 

■教員の想定する前提知識のレベルがずれている

 

 附属校・系列校出身者がエスカレーター式に入学するパターンもありますし、留学生もいます。国公立大は一般選抜が8〜9割以上ですが、私立大は学校型推薦と総合型選抜が難関大・有名大で3〜5割程度、それ以外で6〜8割程度を占めます。

 

 何が言いたいのかというと、そもそも教員が考えているようなレベルの前提知識を、その大学・学部の学生がそろえているのかは不明なのが現代なのです。

 

 一般選抜ばかりの頃であれば、「この試験を突破したということはこのレベルの知識はあるだろう」と推測できたかもしれませんが、今や状況は変わっています(とはいえ学校推薦型選抜や総合型選抜が悪いというわけではなく、これまではいなかったような多様な学生を集められているのも事実であり、あくまでも状況の変化と捉えたほうがよいでしょう)。

 

 しかも大学教員のほとんどは、東大・京大を筆頭とする難関国立大や早慶などの難関私大の修士号もちか博士号もち……。教員と学生のすれ違いがあるように見えました。

 

 ただし、3・4年生の少人数でのグループワークであれば、興味や前提知識がそれなりにある学生が集まっていますし、ファシリテーターたる教員がしっかりしていれば、主体的学習もよいものになります。

 

■「先生ガチャ」は確実に存在している

 

 また、もちろん教員にも、グループワーク指導のうまい先生とへたな先生がいます。

 

 先ごろ、WBS(早稲田大学ビジネススクール)の研究科長になられた池上重輔先生の講義は、MBA(経営管理専門修士)取得コースで全員が社会人大学院生であることを差し引いても、抜群の面白さです。また、2019年に東大から早稲田の教育学部に移籍されてきた濱中淳子先生も、理想ばかりが1丁前の生涯教育学専修の学生たちを相手に、現実を優しく叩きこんで導いていく手法は、見事なものです。

 

 お2人の共通点は、グループワーク主体の講義中に、「自身がいちばん楽しそう」なところです。結局のところ、「どんな授業も教員次第」なので、学生たちの言うところの「先生ガチャ」はあるといえばあるのです。そんなものない! 自主的に学ぼう! はきれいごとすぎるでしょう。

 

 ちなみに早稲田では、『マイルストーン』という、全授業を個別に5つ星で評価した分厚い冊子が発売されており、これで学生は楽単(楽勝で単位が来る授業)度合や講義の評判を見て、ドキドキしながら学期はじめの科目登録をすることになります。受講できるかが抽選で決まる講義は、抽選結果に一喜一憂です。なんだか楽しそうでしょう? はい、学生もなんだかんだガチャを楽しんでいるのです。ちなみにこの現象に国公立か私立かは関係ありません。国公立大学だと基本的に前期・後期1校しか受験できないので、浪人回避のために最も行きたい学部をあきらめてしまうパターンが意外と多いのです。

 

 そして私立だと、保険をかけて複数大学・学部を受験できるのはいいのですが、入学試験の「運ゲー」要素が強く、どの大学・学部に合格するのかわからない。そして合格したところのうち、行きたい学部ベースで選ぶということはせず、ハイブランド高偏差値の大学・学部に進学するパターンがかなり多いためです。

 

 問題の2つ目が、近年の大学入試方式は、筆記試験中心の一般選抜の割合が減り、高校の校長の推薦書が必要な学校推薦型選抜(公募推薦・指定校推薦、もとの推薦入試)と総合型選抜(もとのAO入試)が増えており、偏差値では計れない選抜がなされていることに由来します。

 

 ざっくばらんにいえば、学校推薦型選抜は「今後の大学との関係を考え、高校が『推薦したい』生徒を入れる」入試で、総合型選抜は「アドミッションポリシー(入学者受け入れ方針)に沿い、大学が『欲しい』と求める生徒を入れる」入試です。

 

■若者は元気がないわけではなかった

 

 ずいぶん話が長くなりましたが、大学に入ってわかったことの2つ目を書きましょう。それは、上から見る学生と横から見る学生はぜんぜん違うということです(ここでいう「上」は、ぼくの職業である「先生」目線であり、「世代」や「立場」のことは指していません)。

 

 若者は意外と本当に真面目です。普段、講師として子どもたちを見ていたり、同じ講師同士で「最近の受験生は……」と話したりしていると、ちょっと暗いというか、熱量が少ないのかなと感じることがありました。でも同じ学生として横並びで彼らと話していると、そんな単純な話でもないことがわかりました。

 

 周囲の大人たちに結構「がっかり」してきた今の若者は、あらゆることにあまり高い期待をもたず、一見冷めているように見えます。過去も「がっかり」、現在も「がっかり」なら、未来もまた「がっかり」だろう……。すなわち「やっぱり」の衝撃を避けようと、自分や他人に寛容になっているのです。

 

 だから、さまざまな瞬間に、優しい学生は多いです。そして、ムキになることが少ないので、決まったルールは(自分が損するのも嫌というかメリットがないので)、まあ守ります。若者をかばうわけではないですが。元気がないのとはまた違うのです。

 

 そりゃあもちろん、東大の学費値上げ反対のデモに参加したり、イスラエルのガザ攻撃に反対する市民運動に参加したり、極端な保守的な考えをもち積極的に活動している熱い学生も、左右限らず、どこの大学にも一部はいます。

 

 それでも全体的におとなしく=真面目に見える。そして本当に真面目。いうなれば争いを好まない感じで、ぼくは、それが悪いことだと思っていません。世代で見えるものには違いがあるのです。

 

伊藤 賀一(いとう・がいち)

予備校講師

1972年、京都府生まれ。法政大学文学部史学科卒業後、早稲田大学教育学部生涯教育学専修卒業。東進ハイスクール講師などを経て、現在はンライン予備校「スタディサプリ」で高校日本史・歴史総合・倫理・政治経済・現代社会・公共・中学地理・中学歴史・中学公民の9科目を担当。「日本一生徒数の多い社会科講師」として活躍中。著書に『これ1冊でわかる! 蔦屋重三郎と江戸文化』(Gakken)のほか、『アイム総理』『改訂版世界一おもしろい日本史の授業』(以上、KADOKAWA)、『1日1ページで身につく! 歴史と地理の新しい教養365』(幻冬舎新書)、『いっきに学び直す教養としての西洋哲学・思想』(朝日新聞出版社、佐藤優氏との共著)など多数。

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2020年 立春

 

 愈々、力を発揮する時期が来ました。今まで蓄えた実力を可能な限り、与えられた課題で発揮することに集中するときです。用意万端という方は極少数です。大多数の方々は、手薄な分野・まだ手付かずの項目などを、色々抱えての本番になります。焦り・諦めなど様々な気持ち(雑念)に悩まされる中で、力を発揮しなければなりません。

​ 本番を迎えたこの時期に大切なことは、大変難しいことですが、

<結果に捉われないこと>です。

1、実力を蓄える時期(これは、テスト当日、試験開始時間まで可能です)

2、蓄えた力を発揮する時(テスト本番)

3、その結果が明らかになり、否応なく向き合わなければならない時

今は 2に集中する時です。 自分の力が及ぶ射程範囲は、2の<蓄えた力を発揮する>ことまでです。このことに最大限集中することです。3の<結果>は、神様や大いなる存在が決めてくださる領域です。 

毎年繰り返されることですが、前日まで順調にいき自信満々でいたところ、当日、発熱して・下痢をして・電車が遅れて遅刻しそうになりすっかり平常心を失って・・・試験に集中できなかった。

こうした不可抗力は、文字通り自分の力の及ばない領域であり、試験に限らず、これをゼロにすることはできません。

また、それ以上に、多くの方が緊張で力を発揮することができなくなります。(所謂、頭が真っ白になった というやつです)。 

これは、3の<結果>を意識することから生じます。皆さん<結果>を求めて辛い努力を重ねて来たわけですから、<結果>に囚われることは当然のことです。 しかし、逆説的ですが、これが自分を縛ってしまい、逆に<結果>を出すことの妨げになってしまいます。

3の<結果>は、自分の射程外、自分にできることは、2の<与えられた課題に対して、自分の力を最大限発揮することに集中する>ことだけ。  難しいことですが、こうした精神状態になることが、<結果>に通じる一番の近道です。

皆さんの健闘を祈っています。

 2019年 冬 

 十代の皆さんを取り巻く状況は、混乱の度を深めています。関係する大人がそれぞれの立場を優先し、一番肝心な<皆さんの力を伸ばすにはどうすればいいのか?何を解決していかなければならないのか?>といった視点は、見事に忘れ去られています。皆さんにとっては過酷な、気の毒な状況です。

しかし、これらの事柄は、皆さんの思惑が及ばないものであり、皆さんの管轄外です。生徒・学生の皆さんにとって、今最も重要なことは、<チェックポイントがどうなろうが関係ないという、確固とした実力を養成していく努力に集中すること>です。

紅旗征戎吾が事に非ず。」と、死臭漂う中で、形式美に満ちた和歌の世界を追求した、鎌倉時代の歌人のように、 第二次大戦の末期、国中が米軍の上陸に慄く中で、空腹を抱えながら自分の研究に没頭していた数多くの学者・文化人のように、  日中は医業で務めを果たし、夜になると「鈴屋」という勉強部屋にこもり、古代日本人の精神世界の中に生きた、江戸中期から後期にかけての国学の大家のように。

​皆さんが理解・修得すべき内容は、大きな意味では何の変化もありません。<~用の勉強など>は、これらの基本的な実力を蓄えた後、最後にほんの少し準備すれば足りるものです。肝心な点は、<どのような入試制度になろうが、必ず必要となる、また、多くの時間とエネルギーが求められる基礎的事項の理解・修得>です。

 

変化の時代に入り、それへの適応が求められるほど、必要になるのは、<母語の実力を核とした基礎的(欠くことのできないという意味で)能力の整備>です。 残念ながら、現状、ほぼ壊滅状態です。(いつの時代でも存在している一定の人々を除いては)

母語の運用能力が低く、結果として思考レベルも低位にとどまる方々が、

時代の変化とともに求められる能力を身に付けることは、ほぼ、不可能でしょう。 また、その変化のスピードも加速しています。義務教育レベルでできる内容など実施する時点で時代遅れです。 

残念ながら、十代の皆さんを取り巻く状況は、悪化することはあっても、短期間で改善される見込みはあまり高くないように思われます。

くれぐれも、注意してください。十代という肉体的・精神的に可能性に満ちた貴重な時間・エネルギーを、無駄にすることだけは避けてください。

​皆さんを取り巻く状況が、一日でも早く、ほんの少しでも改善される方向に動き出すことを願っています。

 2019年 春

​ 新しい環境に慣れ、少し落ち着く時期です。期待していた状況とは異なりすっきりしない人、虚しさと戦っている人、毎日充実し時間の経過を速く感じている人、皆さん様々だと思います。自分の方向性を模索していく上で、それら総ての感情が必要なものです。どんな自分ともしっかり向き合ってください。

センター試験まで7か月、中学・高校入試まで8か月です。時間の経過は速いです。しかし、同じような毎日の、その瞬間・瞬間を充実させる以外方法はありません。

 

勉強以外の総てに言えることですが、<自分の限界を引き上げていく作業>では、次のことに注意してください。

何かをマスターしたり、レベルアップを図っていこうとするとき、一般的に、linear(右肩上がりの直線的)にイメージされる方が多いのですが、実際には、まずありません

手ごたえの感じられないジリジリした長い時期を必死に食らいつきもがいて努力を続けているうちに、ある瞬間ぱっと一段上のレベルにいる自分に気づく。しかし、また、同じようなジリジリした手応えの感じられない時期になる。食らいついているうちに、パッと視界が開け出来なかった事が出来るようになっている。その繰り返しが、本当の実力が付いていくプロセスの実際です。 多くの方が、この手ごたえの感じられないジリジリした時期に耐えられず脱落していきます。ほかにもっと自分に合った方法があるんじゃないかと、教材をあれこれ変えてみたり、など。自分が今ぶち当たっている壁が、自分の目標にとって必ず乗り越えなければならないものなのか、今の自分のやり方・取り組み方(方法論)が適切か を、よく確認し、YESであるならば try and error を続けなければなりません。 逆に、必死にやった結果、<この方向性は自分の目指すものではない>との思いが大きくなっていくのであれば、思い切って方向転換を考えるべきです。

 

どなたにでも言えることですが、目標が大きければ大きいほど、遠ければ遠いほど、自分の足元を見つめて見てください。毎日の食事・睡眠といった生活リズム、また、自分を支えてくださるご家族や身近な人々への心遣いなど。長く厳しい努力を継続していく上でとても大切なことです。 自分でうまく整理ができない時は、遠慮なく相談してください。他人に話すことは、最も効果的な客観化の方法です。 (ぜひ来てください)

RUMEN
江戸川区平井の個人指導塾
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